子どもの躾へのアプローチ ~子どもが好きな大人~

子どもの躾は、社会生活に適応するために望ましい生活習慣を身につけさせることです。大人になって困った人と言われたり、非常識と言われない為にも大人の義務として行いたいですね。子どもは、真っ新なキャンパスです。これから大人がどう接していくかによって、性格や習慣が違ってきます。それは子どもたちの『生きやすさ』『生きにくさ』にも繋がってきます。そして、これから長い間躾を行っていくわけですが、何事も最初がベースになりますから丁寧にしっかりと乳幼児期に関わってあげたいですね。
◆人間の子どもは、未熟で生まれる
 みなさんがご存知の通り、赤ちゃんは何も出来ない状態で生まれてきます。生まれたときは、食べ物さえ自力で食べる事が出来ません。そこから1年で立ち歩き、大人と同じ機能を備えた小さい人間に育ちます。その1年はとても成長が早く大人が対応に困るほどです。しかし、体の機能のひとつひとつは、まだまだ未熟なのでそこから20年を保護者の元で多くの事を学びながら心身共に成熟させていきます。成熟すると伴侶をみつけ、次の世代の家庭をもつわけです。子どもは、種を残すために自立しようとする本能を持っています。いつでも、今より出来るようになるように前を見て進みます。それを邪魔することなく、援助し、間違った道に行かないように導くのが躾(しつけ)という、子育てに関わる大人の役割だと思います。
◆子どもは自分が未熟だと知っている
 子どもの体は、生まれた時は口の筋肉以外十分に発達していません。口の筋肉が発達しているのは、生きるための栄養であるミルクを飲むためです。生まれた時から、生きるために最低限の力は持っているなんて、生命の不思議を感じますね。
 子どもは、自分が未熟だと、誰かの助けがないと生きられないことを本能的に知っています。生まれた時から頭が大きくふっくらしていて「可愛い」と思わせる能力をベビーシェマと言うそうですが、全ての生き物が持っています。それは、保護してもらえる確率が上がるからだそうです。そして、保護してもらえないと生きていけないと知っているからこそ、保護に値する人の傍にいたいと思っています。
◆子どもは未熟がゆえに挑戦をする生き物である
 人間と動物を一緒にすると怒られるかもしれませんが、人も哺乳類なので似たような習性を持っていますので動物の例えで説明します。
 特に群れを作る動物に多いのですが、群れの中に上下関係があります。
下の立場の動物は、強いリーダーに守って貰いたいと思っています。
自分より弱いと守って貰えないので、隙があれば上に挑戦し続けます。
外から見れば、リーダーになりたがっているように見えるかもしれませんね。
しかし、いつか自分が一番TOPになってしまうと強いストレスから病気になってしまう個体もいるくらいです。
この行動で有名なのは、犬、狼、猿などでしょうか
◆子どもは命を預けるに値するか判断している

 そして、人間の子どもも実は同じ目的で大人に挑戦します。

一見言うことを聞いてもらいたくてやっているように見える我儘も、実は自分より強いところを見せて欲しいと思ってやっている事もあるのです。子どもの『わがまま』と思える行動も実は本能によるものが含まれているとは驚きです。
◆子どもの挑戦に負けてはいけない理由
 子どもがリーダーになってしまった場合、簡単に言えば周りの大人が叱らず好きにさせた場合ですが、ストレス耐性が弱く、どこかいつも不安で、信頼関係が築きにくくなるようです。
例をあげれば
・我慢したことがないのでストレス耐性が弱い
 ストレス耐性は、ストレスがある程度かかった状態を繰り返すことによって強くなっていくものだからです。ストレス耐性がないと、うつ等の精神的病や引き籠りになってしまう要因となります。
・情緒は不安定、そして不安で不満
 自己肯定感は、逆境を乗り越えた成功体験で育っていきます。子どもの頃から失敗した経験がない負けた経験がない子は、変にプライドが高いけれどいつも失敗する事や他人からどう思われているかを気にして、心の中が不安定です。そして大きくなればなるほど褒められなくなりますから、周囲に対して不満を抱きます。
・信頼関係が築けない
 信頼は、誰かを信じて頼る能力です。自分より大きい存在が居て初めて信頼という経験をして信じ頼る力が生まれます。虐待を受けた子も信頼する能力が育ちませんが、親がいつでも子どもの言うなりだった子も信頼する力が育ちません。信頼関係は、お互いが信頼することで出来る関係ですので信頼する力がどちらかになければ信頼関係というものは生まれません。それは、友達を作れない事やコミュニケーション障害と言われる状態にも繋がってきます。
・主体性が育ちません。
主体性とは、自分で正しく判断して行動する力の事をいいます。自分の好きな事だけやって来た子どもは判断基準が自分にあるので主体性ではなく『自己中心』が育ってしまいます。
全体や状況を含め、立場的常識を考えた上で判断し行動する為には、何度も失敗を繰り返しながら学ぶしかないのです。
上記の理由から、子どもの挑戦に負けてあげる大人は優しさでもなんでもないことがわかります。子どもの為に、叱る事、譲らない事、正しい事を伝える事はとても大切で、そこで負けた悔しさから立ち直れるように手助けするのが大人の役目ではないでしょうか?
◆子どもが好かれる大人になろう
これまで書いた事を踏まえてみると、子どもは挑戦するけれど決して自我を通したいわけではなく。大人は子どもが将来困らないように、叱る事や挑戦に負けないことが大切だとわかります。
しかし、子どもから嫌われたくないという保育者もいてきちんと叱れません。
子どもを叱ると本当に叱った人を嫌うのでしょうか?
何度も書いている通り、子どもは自分の事を思ってくれる自分より強い大人を本能的に嫌いません。例えば、虐待している親ほど子どもに好かれる傾向があるくらいです。
だからと言って躾が虐待になるのは、未来にその子が築く家庭でも虐待を行う可能性が上がってしまいますので良いとは言えません。
大人も常識的に、無条件の愛情をもって子どもが敵わない大人であって欲しいと思います。
叱る事も、認める事もきっちり出来て、本当の意味で子どもの事を考えている優しさは、子どもに伝わります。
優しいけれど強い大人 それが、子どもが好きな大人の姿、命を預けられると思える姿なのでしょう。